弊社代表プロフィール

弊社のHPに訪れて頂き、誠にありがとうございます。

こちらでは弊社代表であります中井慎太郎のプロフィールについて書いております。どんな経歴で会社を設立するに至ったのか簡単にではりますが、ご紹介させて頂きます。

まだまだ新米経営者ですが、厨房機器のや最安値販売、イノベーティブな料理で使う調理器具、食品を中心に取り扱って参りますので、お困りのことがありましたら、お問い合わせください。

19歳:地元埼玉県の春日部共栄高等学校を卒業後、池袋にある武蔵野調理師専門学校へ進学。

専門学校ではあまり馴染めずに、友達があまり出来ない生活を送る。地元で初めてマクドナルドのアルバイトが楽しくて、学校の授業が終わり次第、すぐに地元に帰りアルバイトをする日々を送る。

飲食店の基本的な事を学ぶ。

  • QSCやチームで動く大事さ。
  • 問題が起きた時の解決策。
  • 仕事が終わった後のプライベートの楽しみ方

この経験が楽しいと感じたのがきっかけで、15年以上の飲食業界にいることになったのかもしれません。

20歳:東京のお台場にあるカジュアルフレンチレストランに就職。

専門学校を卒業後、お台場にあるカジュアルフレンチのお店に就職。

飲食店の現場というのは想像以上に厳しい事を痛感。

お台場にあるショッピングモールの中に入っている飲食店だったが、かなり忙しいお店だった。

客単価2,000円~3,000円で週末や祝日の1日の売り上げが100万円を超えるようなお店でした。

飲食経験がある人ならこれが結構大変なお店だという事がわかっていただけると思います。

その後、もっと本格的な料理がしたいと思うようになり、西麻布にあるフュージョン料理のお店に就職。

このお店では料理に関する基本的な事を全て教わりました。

入れ替わりの激しいお店だったので、働き始めてから辞めるまでの間に冷前菜、温前菜、メイン、ソーシエと一通りのポジションを経験。

週末にはレストランウェディングをやっていたので、大量調理も経験。

事務作業としては、ABC分析や在庫管理、食材の受発注などの飲食店に関わる多くの事を学びました。

25歳:スペインにあるミシュラン3つ星(当時)エル・ブジに研修生として半年間働く。

25歳のときに知人の紹介でエル・ブジで働けることになった。

当時のエル・ブジは

  • ミシュランの3つ星
  • 世界レストランランキング1
  • 世界一予約の取れないレストラン

といった、正に世界ナンバーワンレストランと言っていいだろう。

そんな世界一のレストランで働けるという思いだけで、細かいことは気にせずにスペインに出発。言葉、住むところ、調理技術、治安など。

本当にあまり気にせずに行った。住むところは、紹介してくれた人がなんとか話を通してくれたので、ある程度の目星はついていた。半年の研修を終えて、スペインに残るという選択肢もあったが、帰国することに。

その前にフランスのパリを経由して帰国。

海外の飲食店で働くとやはり日本料理について質問される。そんなときに日本の料理について自分はあまり詳しくないんだなと実感。次のフランス留学のために帰国後、日本料理の重要性を感じ都内で日本料理のお店で働く。

28歳:ワーキングホリデーを取得して、フランスに留学。1年後に学生ビザに切り替え、さらに1年フランスに留学。

28歳のときにワーキングホリデーを使ってフランスで働けることになった。ワーキングホリデーは1度申請して、却下された事があり28歳のときになってしまった。

この時はスペインのときとは違い、ある程度の下調べはして行った。

フランス語も独学ではあるが、勉強していったのでどれくらい通用するのか楽しみだったが全然通用しなかったのは今でもよく覚えている。

通用しないどころか、全く聞き取れないし話した言葉も通じなかった。流石に少しショックを受けた。それでもなんとか1年間滞在した。しかし、1年では調理経験にしろ、旅行するにしても時間が足りな過ぎた。

ワーキングホリデーが終了しても滞在できる方法の情報を集めた。なんとかもう1年は学生ビザで滞在することに成功した。帰国前にサンセバスチャン、南仏を旅行して帰国。

30歳:麻布十番にあるフレンチレストランで、スーシェフを経験。

帰国後に自分の腕を試せるところはどこだろうと考えたときに、やはり都内でフレンチレストランを探した。そこで見つけたのが麻布十番にあるフレンチレストランだった。

本当は自分がシェフとして働きたかったが、スーシェフとして勤務。2年間のフランス留学の間に変わったことなど身を持って経験。

31歳:知り合いのソムリエに誘われて、料理長として立ち上げからレストランを作る。

31歳のときに、知り合いのソムリエに誘われて料理長として厨房を任されることになった。単純に嬉しかった。料理が美味しいという自信はあったけど、自分のレシピを作ってそれを食べたお客様がどんな反応をするのか?不安もあった。

自分の美味しいは、他の人にとっても美味しいと感じるのか?料理長となると、初めての事が多く不安やプレッシャーも少なからずあった。

初めから全ては上手くいかなかった。食べログなどで、厳しい意見をいただくこともあったが、やりながらトライ&エラーを繰り返し、何度も試行錯誤した。

その甲斐もあってオープンから2年半は一度も赤字にならずにお店を経営することができた。

36歳:株式会社ナカイヤを設立。

飲食店を開業するのに資金がかかり過ぎるという悩みを解決したくて、開業資金をかけずにオープンするためには厨房機器を安く購入できればと思い、厨房機器販売会社の株式会社ナカイヤを設立。

しかしすぐに経営難になり、アマン東京で勤務。サラリーマンコックしながら、会社を経営。

思っていたより会社経営は難しいが、こちらもトライ&エラーを繰り返し現在試行錯誤しながら経営中。

僕がエル・ブジで働いた方法

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